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Yamakojikiの世迷い言

                            上坂淳一(京都比良山岳会)

 類人猿はサルであり、猿人類はヒトであるそうだ。では社会人登山者はというと、国語的には「社会人」は形容あるいは分類に過ぎず、本質は「登山者」ということになるのだが、実際の用例はかなりあいまいである。普段は月給取りで休日だけ登山者に変貌するという意味では“週末登山者”でもよさそうなものだが、単なる時間の割り振りだけで表現するのも何か当を失する感がある。そんな屁理屈を考えているうちに、先日のある出来事を思い出した。
 それは今春、丹沢/大倉尾根でグループ山想同人の山本勉さん、三宅精二さんとご一緒させていただいたときのことだ。
上坂「モロってなんですか?」
三宅「ほら、キセルだったら両端に金(かね)がついてるでしょ」
山本「俺たちゃ一銭も払わずに逃げたから“モロ”って言うんだ」
 上越線の無賃乗車のことは噂には聞いていたが、体験者から直接その話を聞いたのは初めてだった。ご両人には楽しそうに昔日の思い出話を語っていただいたが、ふとある疑問が浮かび、あらためて尋ねてみた。
三宅「実はさ、お金は持ってたんだよ。一回分だけね。本当に持ってなかったら、捕まったときにまずいでしょ。でさ、土合駅で走って走って、どうやら逃げ切ったらしいってことになったとき“ああ、これで来週もう一回山へいけるんだ”ってうれしかったんだよね。」
と教えてくださった。当時の登山者が皆そうしたわけでもなかろう。また、現代でこれをやれば反社会的行為以外の何ものでもない。とはいえ、そのとき僕の胸にはかすかに疼くものを覚えた。
 ぼくが山登りを始めてから、いつしか20年になったが、問題は年数ではない。記録や成果があがらないことに今さら執着はないが、どれだけ自分の人生の中で熱くなれる時間が持てたのだろうかと考えると忸怩たるものを禁じえない。山は逃げないが、失った時は取り戻せない。そうとわかっていても、これまでの怠惰な歩みのオリに足を取られながら、もう一度もがいてみたいのだ。
何度かのブランクを経て、いつのまにか妻も子もいるようになった。仕事はひところよりセーブできるようになったが、気を抜くとすぐさま責任が振りかかってくる。世間には優先順位を要求してくる相手は無数にいるから、わずかな山行機会を彼らに掠め取られないようにするには、いつもいい顔はしていられない。人間関係を断ち切ったり、距離をおきたいときには愛想をつかされるのがもっとも抵抗の少ないやり方だろう。
 家の金を持ち出す→ひそかに山道具を車に仕込んでおき→SAから「行ってくるワ」と電話を入れる(電話口からの罵声を無視して受話器を置く)。この程度のことは誰でもやったことがあるだろう。少々乱暴なぐらいが次回山行への環境づくりを有利にする。また、子供たちには経済的に厳しい環境の方が教育的でもある。負荷も圧力も無いところでは人間は成長しない。
 これが職場となると甚だ許容範囲が狭いから、個人の趣味はできるだけ知られないのが良策のようだ。とにかく職を失いたくなければ「山と仕事とどっちが大事なんだ」などと詰め寄られるようなことになってはならない。詰問者は「仕事をとる」という答えを当然のごとく期待しているが、言われた方には「仕事をやめろ」と聞こえるらしい。僕の知人はすべて、この局面で当然「山」を選んでしまった。そういう笑えないギャップを見ると、またもや「社会人登山者って何だ」という命題に引き戻されそうになるのでややこしい。
 実のところ、活動の容量は生活環境なんかには規定されてはいないのではないだろうか? わかりやすい例では、遠征に挑んだりするようなヤツらが僕より金も暇も持て余しているようなご身分の連中にはとても見えない。最初から整った条件が用意されているヤツなんていやしない。どこを切り開いて、何を築き上げるのかは結局のところモチベーションの差から始まっているのではないだろうか。
 とはいえ、やはり自分のこととなるとさっぱり要領を得ない。迷路の中を行ったり来たり、前に進んでいるのか?それどころか、どこへ行こうとしているのかさえもわからない。もともと人生に悩みはつきものなのだ。どこでオトシマエをつけようが、あるいはつくまいが、もう後悔だけはしたくない。

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