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1.五十沢

a)下部・中部ゴルジュ帯 無雪期
 不動滝〜2合目に至る下部ゴルジュ帯は大阪わらじの会が数十本にもおよぶボルトを使用して突破したが、現在は取水口によって多くの水がとられてしまっていて、それだけの数のボルトを使うことが無く、数本のボルトがあれば十分だ。ただし、逃げ場はないし、高巻きも厳しいのはもちろんであることをお忘れなく。ここの突破だけでも日本を代表するゴルジュであることが分かるだろう。 

◎資料・記録
 ○関東周辺の沢'94
 
○00年9月 木下・中村(東京岳人倶楽部)・安藤(新潟クライミングクラブ)
  忠実に不動滝から登りきる。不動滝はスカイフックやイボイノシシも混じる人工。
  夫婦の滝は激流の泳ぎからキャメロットの人工で突破。
 
○95年8月 橋本・小川・森山(新潟稜友会) 
  下ノ滝沢を登攀後、四合下り舟から中流部ゴルジュ帯を下降する。
  (中部ゴルジュ帯完全下降の記録はこれ以外には未見)
 ○94年8月 本図 古山(ACC-J茨城) →山と渓谷712号(94年11月)
 ○94年7月 熊倉・高橋(浦和浪漫山岳会) →浦和浪漫山岳会会報18「渓」  
  中部ゴルジュ帯のみ。不動滝は越えられず。
 ○89年8月 青島・高尾(大阪市立大学山岳部OB) →岳人510号 
  夫婦滝上部の滝は悪天のために越えられず、同ルートを泳いで戻る。
 ○77年8月 能勢・中下・石塚(大阪わらじの会)
  はじめて取りついてから実に4回、2年がかりの突破。
  ボルト・ハーケンの使用数は、楽に50枚を越えた!! 
 

b)上部ゴルジュ帯〜巻機山 無雪期
 全部で7個のゴルジュを持つが、そのうち6個までは完全突破されている。残るは第3ゴルジュの50mのみ。ゴルジュ内は概ね幅が3mほどの井戸底ゴルジュで、流水によって抜けたボルトの打ち直しを強い幅50cm程であるという点が突破の可能性を見い出している。各ゴルジュ内は概ね幅が3mほどの井戸底ゴルジュで、流水によって抜けたボルトの打ち直しを強いられ、なおかつ水をかぶりっぱなしのため、体力の浪費が激しい。真性マゾでないと楽しめない(マゾでも楽しめるかどうかは甚だ疑問)。ほとんどの記録は、永松沢を遡行して、巻機山へ抜けているが、本流に遡行価値がないわけではなく、単に三ツ石山から巻機山までのヤブ漕ぎの距離が長いためである。本流を忠実に抜けた場合は、他には三ツ石沢や下津川の下降が考えられるが、ここまでの突破を成し遂げてきた人間にとって他の沢を下降するだけの気力が到底思えない。そういうわけで記録がほとんどないのであろう。

◎資料・記録
 ○関東周辺の沢'94
 
○01年8月 木下 太田(日本山岳会青年部) 
   第3ゴルジュ45mの瀞を除いて全貌を解明した貴重な記録(写真付)。
 ○94年8月 本図 古山(ACC-J茨城) →山と渓谷712号(94年11月)
 ○92年8月 吉原 浅野 (わらじの仲間) →岳人552号
 ○92年8月 沼田 竹之内(東京大学スキー山岳部OB)→TUSAC「輝ける時の記録」 
 ○73年9月 小泉・上原(ゼフィルス山の会) 
  本流上部がこれだけ悪いゴルジュをもつということを紹介したはじめての記録
  (四合目まで下降)。これをきっかけに、東電山の会・東大ワンゲル・大阪わらじの
  会などによる集中的踏査が始まった。
 ○68年8月 ?(東京大学WV部OB会) 
  ゼフィルス山の会が下降をする5年も前に、巻機山を目指してゴムボートまで持ち
  込んで、突っ込んだ無謀なやつらがいた。ゴルジュの突破は5つのうちの1つしか出来
  なかったが、チャレンジャーとしてぜひ紹介したい。

c)左岸の沢 無雪期
 左岸の沢は、金城山〜巻機山〜三ツ石山の稜線に突き上げる。そのため、右岸の沢ほどラストで苦労させられることもない。また、沖ノ沢、永松沢を除いてアプローチもしやすく、そこそこ遡行されている。

◎資料・記録

●割石沢
  ○76年10月 滝沢・家田・小泉(ゼフィルス山の会) 

●大ビト沢・小滝沢
 新道が出来る以前は、これらの沢を遡行して、尾根向こうの大窪沢右俣支流に下降することで、険悪な大窪沢下部ゴルジュ帯をカットしている。
  ○小滝沢(下降) 76年10月 滝沢・家田・小泉(ゼフィルス山の会) 
  ○大ビト沢 76年10月 滝沢・家田・小泉(ゼフィルス山の会) 

●大窪沢
 下部のゴルジュは、五十沢中部ゴルジュのように逃げ場の無いゴルジュが続き、非常にやっかいである。アプローチは、四合下り舟からの下降が一般的だが、中部ゴルジュ帯を突破してくると一層充実するだろう。巻機山までの新道が出来たことで、上部だけの遡行も可能になった。右俣は上部は平凡だが、左俣上部は手強い滝が多い。
  ○98年8月 吉原・林正・須田(わらじの仲間) →年報22「わらじ」
    五十沢川中部ゴルジュ帯〜大窪沢左俣右沢 
  ○97年7月 村山・坂井・小田(わらじの仲間)
    五十沢大窪沢右俣左沢 

●下ノ滝沢・中ノ滝沢
 下ノ滝沢は一番人気のある沢。当然記録も多い。五十沢流域で最も大きな滝を架け、大滝上部は大スラブ帯を持つ。
  ○上信越の谷105ルート
  ○関東周辺の沢'94
  ○99年7月 榎並・山田(慶応大学山岳部OB会)
  ○97年10月 小田・村山(わらじの仲間)
  ○96年9月 渡辺輝・今井洋・田中恵(わらじの仲間)  
    ☆中ノ滝沢→96年9月 川井・指崎・須田(わらじの仲間)

●上ノ滝沢・東ノ沢
 下ノ滝沢と並び、五十沢支流の中で最初に記録が発表された沢のひとつである。
  ○96年9月 菅沼・関根・沢田(わらじの仲間)
  ○75年10月 武藤(単独・ゼフィルス山の会)

●本谷沢
  ○96年9月 村山・畠山・熊倉(わらじの仲間)
  ○77年9月 田川・武藤(ゼフィルス山の会)

●沖ノ沢
 出合が本流第4ゴルジュ帯の中にあるため、取り付き方に非常に頭を悩ます沢である。
  ○75年8月 武藤(単独・ゼフィルス山の会)

●永松沢
 米子沢〜奈良沢下降〜三ツ石沢〜五十沢下降〜永松沢左俣とすれば、いいとこ取りの継続遡下降の可能性が生まれる。

d)右岸の沢 無雪期  
 右岸の沢は、最後は三ツ石尾根に突き上げている。三ツ石尾根右稜〜国境稜線はふみあとが無いヤブ尾根であるため、突き上げる位置によって大きく3つに分けられる。
  (1)南中尾沢
  (2)東中尾沢〜蛭窪小沢
  (3)下カケズ沢・上カケズ沢
である。(1)の場合は、芋川支流の滝沢に下降するのが早いと考えられる。(2)は沢によって違うが、大兜山・ジロトの頭を経由して、三ツ石尾根左稜を下降して重松越路から野中に下るか?、滝沢に下降するのがよいと考えられる。(3)の場合が頭を悩ますところで、小沢本谷を下降して下津川本谷に出るというのはちょっと苦しい(小沢本谷の奥壁スラブは未踏)。国境稜線まで苦しいヤブ漕ぎしてもいいが、これもいけてない。
 どの谷も短いながらも急峻で、スラブやゴルジュを抱えている。東中尾沢以外は、近年の記録は皆無で、一時期の集中踏査以来静かな山に戻っている。

◎資料・記録

●南中尾沢
 本流下部ゴルジュ帯の中にスラブ滝となって出合っているため、取りつくためには、不動滝前沢を少し登ってからヤブをトラバースして入渓するしかない。もちろん、最初の滝は未踏。
●東中尾沢・前小兜沢・小兜沢・前大兜沢・大兜沢・蛭窪小沢
 四合目下り舟からはじまる一連の右岸の沢はV字谷をかけ、溯行には困難が予想される。 
  
○89年9月 内藤・本間・植田(京都大学山岳部)
    芋川滝沢中俣右沢〜五十沢川東中尾沢下降〜五十沢川下ノ滝沢〜巻機山
 ○蛭窪小沢 76年7月 石橋・武藤・小泉(ゼフィルス山の会)
 ○前大兜沢(下降) 80年7月 滝沢・湯谷・小泉(ゼフィルス山の会)
●下カケズ沢・上カケズ沢
 上部ゴルジュ帯第3ゴルジュ先にある下カケズ沢・上カケズ沢は、五十沢下部から行く場合、本流のゴルジュを通過しなくてはいけないため、非常に困難を伴う。困難の度合と比較して遡行価値が非常にあるとは言いにくく、現在までに下降しかされていないと考えるのが適当であろう。下カケズ山〜上カケズ山の稜線の向こう側には、小沢スラブが広がっており、小沢スラブ〜下カケズ沢下降〜沖ノ沢というような継続遡下降が可能である。
 ○上カケズ沢左俣(下降) 96年8月 石橋・武藤・小泉(ゼフィルス山の会)
 ○下カケズ沢右俣(下降) 95年8月 武藤(単独・ゼフィルス山の会)

e)岩・尾根 無雪期・積雪期
◎資料・記録

●高クラ岩
 五十沢川不動滝右岸上部には、高クラ岩という大きな岩壁がある。1973年に東電山の会が開拓し、会報で発表したとのことであるが、詳細は分からず。
●中部ゴルジュ帯左岸スラブ
 五十沢川本流中流部ゴルジュ右壁は、大いにフリールートの開拓の余地あり。傾斜もきつい。
●割石沢左稜
 ○97年3月 (浦和浪漫山岳会)
●割石沢右稜
 ○96年2月 椎谷・宮内・吉原・井戸田(わらじの仲間) 年報20「わらじ」
●その他
 永松沢の右俣左俣中間尾根は、岩峰がいくつも連なり、冬の登攀は非常に難しそうだ。当然記録未見。他に、巻機山から本谷沢上部(のみ)をスキー滑降した記録がある。  


★今後の仮題
  

●五十沢本流上部第3ゴルジュの全貌解明
 まず本流上部第3ゴルジュの全貌解明が挙げられる。わずか50mといえども、残してしまったのは、悔いが残る。水量などを勘案しても下からの突破は不可能であると考えられ、下津川本流〜小沢スラブ〜下カケズ沢下降〜五十沢本流下降〜本谷沢〜巻機山といった形で全貌解明は組めないだろうか?
●中部ゴルジュ帯左岸スラブ
 万七ノ沢側壁という名前で、1970年5月1日〜5日に東京雪稜会の踏査が入っているが、詳細は分からない。しかし、写真からも分かる通り、非常にすっきりとした壁で、8-10P程度のオールフリールート開拓の余地があるので、気になっている(雲稜会は下ノ滝沢、南中尾沢左俣正面岩壁?の踏査も行っている)。極悪なゴルジュ帯が雪の下にあるこの時期こそ、オールフリーのルート開拓に最適だ。
●高クラ岩
 1970年代前半に東電山の会が数本のルートを拓いたとのことだが詳細は不明。現代のクライミング技術では、4P-6P程度のアメリカンエイドによるルート開拓が可能であると考えられる。
●永松山上部の雪稜
 国境稜線から良く目立つ岩峰は、冬には極悪のリッジになると考えられる。しかし、アプローチが問題。巻機山を越えるか、三ツ石尾根を辿っていくか? どちらにしても、日数だけはかかるのは間違いない。

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