中央アジア・カザフスタン共和国に住むクライマーは世界で最も恵まれた山岳環境を有している、と聞いたら、カザフスタンと言えば草原と遊牧民、あるいはサッカーのオリンピック・アジア最終予選、決勝戦の相手というイメージくらいしか想起できない大多数の日本の登山者は、不思議な気持ちを抱くことだろう。けれどもそれはあながち間違いではないのであり、いや、こと登山を高所登山に限って言えば、「あながち」どころか、それは疑いのない真実とすら言えるのである。
カザフスタン登山財団からの招待を受け、今夏私は初めてカザフスタン共和国を訪問した。中央アジアの国を旅するのも、旧ソ連邦に入るのも、私にとっては初めての体験であった。
2週間の山と旅を通じて私が特に興味を抱いたのは、その多種多様な山だけでなく、英語さえほとんど通じない素朴な旧・「東側」の人々の暮らしぶりであり、またこの国にすでに深く根を下ろしているロシアの奥深い文化でもあったのだが、全体を通じての旅の印象は『岳人』誌にページをいただいている関係もあり、ここではその“山”に絞って書くことにしたい。
1. ザイリスキー・アラトー
カザフスタンは、西はカスピ海、東は中国・新彊ウイグル自治区に接する、世界で9番目の国土面積を持つ広大な国である。そのほとんど南東の外れに位置する人口約130万人のアルマティは、3年前までこの国の首都であり(現在はアスタナに遷都)、今でも国際空港や各国大使館などが在し、実質的な首都機能を残している。カザフスタン航空でソウルからアルマティまでは5時間ほど。日本から1日で行くことが可能である。
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アルマティーから眺めるザイリスキー・アラトー山脈
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「りんごの里」の意を持ち、一昔前までは町中がりんごの香りに包まれていたというアルマティの町からは南の方向に、夏でも白銀を戴いた美しい山々が眺められる。4,000m級の峰々が連なるザイリスキー・アラトー山脈である。町から山脈の登山口まで距離にしてわずか30Hほど、車で1時間足らずである。これほど近い距離に4,000m級山岳を有する一国の“首都”というのは、他にどこかあるのだろうか? 私たち日本の登山者も望むなら、成田を発ったその日の夜には、ザイリスキー・アラトーのふもと、標高3,000mに、テントを張ることができるのである(日本との時差は−3時間。3月下旬から9月下旬まではサマータイムのため−2時間しかない)。
最高峰のタルガー峰の標高は4,973m。その他、数十の4000m峰と立派な氷河を有している。4000m峰の中には比較的簡単に登れる山も多くあり(と言っても、穂高の稜線程度には難しい)、カザフスタンの有名な詩人アバイの名が冠された標高4,100mのアバイ峰には、1995年にカザフスタンのナザルバエフ大統領も登頂している。むろん、そんな一般登山者でも登れるルートばかりでなく、ザイルを必要とする岩登りや岩稜ルートが無数にあり、1年を通して登られているという。むろん冬季は、アイスクライミングなどもできるそうだ。
聞けば、このザイリスキー・アラトーは、タルガー峰をのぞけば、カザフスタン(または旧ソ連)では、若くまだ経験のさして多くない登山者の練習場所という位置付けにあるらしい。日本の穂高と南八ヶ岳を併せたような、さらには標高が4,000mを越えている、こんな立派な山岳に1時間足らずのアプローチで行くことができるのだから、アルマティの若い登山者は強くなれるわけである。