|
2月某日
10:30 ワイナポタシのゾンゴダム湖畔のRefusio(山小屋:4700m)を出る。Hugoの経営する小屋だ。ミルク色の霧。一昨夜ラパスは雷を伴う大雨で坂道は急流となっていた。昨日、天気はどうなるだろうか、と問う私に、Hugoは手を合わせながら、神様に祈っておきますから、と答えていた。
がらがらのモレーンを登りポタシ氷河の左岸のサイドモレーンを詰めてゆく。
4900mほどで南西稜から落ちる支稜に取り付く。4950m付近から雪が出てくる。ついでに霧は氷結して雪と化す。5000mからは50cmほどの積雪。膝までのラッセルとなる。
13:30 風がでてきて吹雪模様の中、この支稜の5100m地点、ユンガスからの北風を避ける小さなコルの南側にテントを張る。
アイマラのガイド、ミゲルがついていてくれる。Hugoの会社の専属ガイドだ。ポーターとして5年ほど働いたあと、スペイン山岳協会が派遣した講師についてクライミングやガイド術を学んだという。何回ワイナポタシに登ったのか?ときいても答えられない。じゃあ、一年に何回くらい登るのか?ときくと、50回くらいか、という。
きっと15回の間違いに違いないが(英語は片言である)それにしても恐るべき経験である。30歳である、と自分で言うがもっと年とって見える。シェルパにそっくりの相貌。
そのミゲルがいう。「ハイシーズン(乾期:5-8月)はここは岩だらけです。ただの通過点です。雪のシーズンはここでしかテントが張れません。この雪の時期ににここにやってくる人は余りいません。」という。たしかに、雪がつくと恐ろしげな稜線である。湿った雪、新雪、急斜面。

夕方、雪降りやまず。なにも見えず。ただ風は強くない。スペイン語を話す2組が上がってきて隣にテントを張る。ミゲルにあれはボリビアーノかと聞くと、ボリビアーノは山に登らない、と簡潔に答える。スペイン人だという。夕食時、スペイン語が狭いコルに飛び交う。
明日は3:00amに出発の予定。
某月某日の次の日
2:00起床。お茶を飲み、出発の準備をする。風は強くないが雪は降り続いている。寒くはない。
1:00から起きて様子を窺っていたミゲルが言う。霧が濃くなにも見えない。この雪の勢いも心配だ。トレースもなくヘッドランプだけでルートをみつけるのは難しい。もうすこし出発を見合わせたい。
早く出ねば頂上に達するのは難しかろうが、何十回もここを登っているミゲルがいうのであればやむを得まい。
4:00、雪の勢いは治まらない。ミゲルは、どうしますか、天候はbadです。行きますか?という。スペイン隊は登らないようだ。決めるのはあなたです、と。雪崩の危険はどの箇所にどの程度あるのか、を問う。アルゼンチンキャンプ上部のピークの雪被と東稜のセラックの崩壊が恐い。しかし、その場所は大体わかっている、という。よし、それなら行こう。ここまできたんだ。いけるところまででも行こう。
4:30 出発。南西稜から落ちる支稜を急登する。深い湿った雪。膝まで、時には腰までのラッセル。ヘッドランプの灯りだけを頼りにがんばる。5000mを越えて日本の春みたいな雪の中をもがくなんて。5300m地点くらいから右にトラバース。夜の闇と雪と霧でなにも見えないが、地図で見れば切れ落ちた急斜面のはずだ。でも見えなければ恐くも何ともない。
クレバスに気をつけて、とミゲルがいう。いつの間にか氷河の上に出ているらしい。明るくなってきたがガスでなにも見えない。雪は心持ち小降りとなる。傾斜が緩くなってしばらくするとアルゼンチンキャンプ(5500m)に到着。8:00。乾期であればハイキャンプサイトになるところで、ここまでは気楽なトレッキングのはずなのに。今回は十分にしごかれている。
雪は相変わらず降り続くが風は余りなく気温はグラブから素手を出しても寒く感じない程度。まだましだ。
ここからは、地図で見ると頂上に向かって右手にあるはずの東稜に出ることになるが、相変わらずなにも見えない。ミゲルは淡々とラッセルしつつ進む。よくルートがわかるものだ。いくらか視界が開けてきた頃、東稜直下の雪壁の基部にでる。傾斜は80度くらいか。ロープで30mくらい。雪庇の下までなんとかたどり着く。ミゲルはアイスバイルとピッケルで雪庇を壊して稜線に這い登る。広い稜線が頂上まで続いているはずだが、例のごとく全くなにも見えない。
10:30。5700m。稜線はさすがに風が強い。顔面に雪が当たる。北からの、ユンガス、アマゾンからの風なのだという。SHIGERU、天候はbadだ。すこしも良くなっていない。どうする?このペースだと、、あと頂上まで4-5時間はかかる。 そうだね、まだ時間もある。もう少し行こう。写真の一枚くらいとりたい。ちょっとくらい霧が晴れることもあろう。
と話しているとき、ミゲルの胸で電話が鳴る。なんとこの雪の稜線で携帯電話が使えるのだ。エンテルがイリマニやワイナポタシをもカバーするシステムを作ったのだという。
電話の向こうでラパスにいるHugoがいう。この時間で5700mでは遅すぎる。午後になると雪が不安定になる。昼までには最低アルゼンチンキャンプまで下りていて欲しい。しかも、ここラパスは現在大嵐だ。激しい雨が落ちて風が吹きまくっている。これが山に到達したら大変なことになる。そこから下りてくれ。
ラパスからのリモートコントロールか。でもたしかに彼は真夜中の12:00にテントを出ろといっていたな。そうじゃなきゃ帰りが大変だと。ミゲルの3:00出発に異議を唱えなかったのは当方のミスでもある。ミゲルは本当はこの悪天では頂上を目指したくなかったのかもしれず、わざと遅い出発にしたのかもしれない。スペイン隊の判断が本当は正しかったか。よし、今回はここまで。「Hugo、ここで引き返す。明日Vinoでも飲もう。」
Hugoは正しかった。深い湿った雪は帰路にはさらにくさっており、一歩ごとに腰まで潜る。つい悪態もでる。ええい、なんでワカンかスノーシューズかを用意しとかないんだ、スキーじゃなきゃこんなとこ無理だよ、と腰まで潜って息絶え絶えで足を抜き上げるたびにつぶやく。雪は降ったりやんだり、なぎの間ほんの1分間だけちらりと姿を見せたワイナポタシのサウスピークも、胸から取り出したカメラのレンズが曇っておりダメ。あああ、なんたることぞ。
ハイキャンプを撤収して、Refusioにたどり着いたのが16:30。
車でラパスに戻ったのが20:00。
ラパスは冷たい雨が強風に舞い、いつもは人々でにぎわう革命広場も寒々としている。
街にでるのも避けるのだもの、山に登ろうなんて狂気の沙汰だったな。しばらくはおとなしくしてなきゃいけないな。
某月某日の次の次の日
朝起きてみると、なんと、雲の間に青空が見える。
昼には晴れ上がり。夕方には、イリマニが全貌を見せる。
おい、Hugo、きみの神様はいったいどうなってるんだ。
|