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8月某日
イリャンプへ突撃である。
ほんとにこの冬、7-8月は天候がおかしい。乾季のはずなのに、ラパスでは雨、山では雪なのである。イリマニ、ワイナポトシ、チャカルタヤまで真っ白く塗りこめられている。先日は、レアル山脈の北西の端、アンコーマで大きな雪崩があり何人かが死んだという。
やれやれだなあ。
でもあの白い巨人、イリャンプを逃すわけにはゆかない。
レアル山脈の北西端はアンコウマーイリャンプ山系と呼ばれる。北西部の基地はラパスからバスで一日のソラタ(Sorata)。しばらく前まではここから馬(mula)のキャラバンを始めるのが常であった。2日間でそれぞれのBCに到着する。まずアンコウーマ(Ancohuma:6427m)。アンコウーマはアイマラ語。白い流れ、の意のだという。この山域ではもっとも高い。ワイナ・イリャンプ(Huayna
Illampu:5950m)には稲川・鈴木の東京外国語大学隊が1964年に初登頂。レアル山脈北西のトリを務めるのはイリャンプ(Illampu:6368m)。美しく険しい山。ノーマルルートでもボリビアンアンデスのなかではもっとも難しいとされる。
行くならやっぱりイリャンプだな。
アグスチンに声をかける。アイマラのアグスチンとは昨年2人でサハマ(6542m)に登った(ボリビア通信18号参照)。彼は例のサハマ頂上サッカーでラパスチームのキャプテンを務めてくれた男でもある(ボリビア通信24号参照)。気持ちのいい男だ。
しかも20年物のトヨタランクルを持っている。これがうまく動けば、ソラタからさらに北に向かいレアル山脈の西北端のアブラチュチュ峠を越えイリャンプ河に下りて、北面からイリャンプにアプローチすることができる。さすれば1日ほど短縮できるはずだ。諸般の事情で使える時間は4日間のみ。イリャンプに4日間なんて、ほんとに突撃だ。
でも、SHIGERU、あの車はここ3ヶ月ほど動かしてないんだ。
大丈夫、大丈夫。修理代は出してあげるから修理屋にみてもらいなさい、といったのが朝の8:00ころ。修理費がもったいないからと油だらけになって自分で整備を済ませてやってきたのが15:00.食料を買ってラパスを出発できたのが16:00.こりゃあ、出足が悪い。
レアル山脈を右手に見ながらアルティプラーノを北西へと走る。ワイナポトシがコンドリリが西日に赤く染まる。清冽な大気の中、20年ものランクルは黒煙を吐き出しあえぎ走る。ううん、こりゃあ環境にはあかんなあ。安く上げようという魂胆もあったのだがなあ、燃費はどう見てもリッター3キロ、燃料計の針が動かないので正確にはわからんが。
アルティプラーノから深い霧に包まれるサンクリストバル渓谷に下りてゆく。沈み行く太陽の残照を最後まで楽しめる緩やかな緑の丘陵地に広がる小さく美しい村、ソラタ(2678m)が現れる(下の写真は帰路のもの)。コータナ金山の搬出用に作られた村。22:00すぎ到着。ラパスから5時間ちょっと。20年ものにしては立派なタイムだ。教会横の安物ホテルを叩き起こしてドミトリに泊まる。
第2日
今日はまずレアル山脈の骨格を北に越えねばならない。暗いうちから出る。アブラチュチュ峠、4658m。標高差2000mもの荒れた山道をこの20年物が登れるかがまずもっての核心であったが、2速でがんばりなんとかクリア。
イリャンプ河を荒れた源頭から下りてゆく。1時間ほどで右手からエスペランザ峰(5760m:アイマラではララムコダ)を望みイリャンプへと続く広く開けたアンコウマ谷が入る。この出会いではこの谷で初めて見る広い台地にリャマが草を食む。3800m。イリャンプ山塊を一周するトレッキングコースの重要な泊まり場らしい。
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ここから山に入る。11:30出発。広く開けたU字型のアンコウマ谷をつめてゆく。緑の草原はリャマやアルパカの放牧の場であり、その緑を白い泡立つ流れが刻んで滝を作る。
15:40 アグアカリエンテ(4630m)着。温泉という意であるが実際に熱いお湯が湧いているわけではない。西へこのまま谷を詰めればレアル山脈の骨格を越すHuila
Khota峠に至る。昔はソラタへの最短ルートであった。峠を目の前にしたキャンプ地である。
イリャンプの北面へはここから南に折れて、イリャンプから北に落ちている氷河を詰めてゆくことになる。
まあ、今日はここまで。オレンジや洋ナシやリンゴ、ハムやソウセージやチーズ。リッチな食事だ。ワインだって持ってきた。アグスチンと二人して飲む。
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