|
1月某日
朝10時にMarioが迎えに来る。
Marioはボリビア山岳会のgenarel secretary。
ロッククライミングを毎週末楽しんでおり、岩場の解説書をだしているベテランである。先日ラパス近郊の岩場の写真を数々見せてくれ、週末にはぜひいってみようと誘われたのである。
車でおはち状のラパスの町を下ること15分。LA Frolida 地区から Lio De Lapaz川をちょっと下った標高3000mほどのAMOR
de DIOS 近くの岩のゲレンデへ。乾いた砂と日干し煉瓦の中に高層ビルがちぐはぐにそびえ立つセントロ(ラパス中心街)とは違って、ここには背の高い緑の木々と花崗岩の岩場が渓流に区画されている。セントロのごみごみした宿からくると、規模は小さいながらほっとする場所だ。
ここラパスでは下に下りれば下りるほど居住環境は高級とみなされる。このあたりにはゴルフ場もあるし、もう200mほど下ったSan Miguel地区は外交官などの住む高級住宅地である。
岩場群の入口にある独立した高さ12-3mのややオーバーハングした岩が格好の練習場となっている。トップロープで多くの若者が楽しんでいる。各ルートにはフレンチgradeで6a,b,c,dなどと書いてある。ラパス在住の外国人も多いようだ。スイス、フランス、アメリカなどなど。
Marioによれば、ボリビアのクライミングが盛んになったのはここ10年くらいだという。これにはフランスが大きく与っている。何年か前、ラパスのフランス大使館がシャモニーからクライミングの講師を招請し、ラパスのクライマーを系統的に教育した。岩場の整備も行い(それこそ系統的にボルトがそこらじゅうに打たれている)、ガイド資格も与えるようにした。ワイナポタシでのアイスクライミングフィールドも開発、スキー技術もあわせて訓練を行った。訓練でもっとも優秀だった2人が選ばれて、シャモニーの登山学校で2年間学ぶことになり国際ガイド資格もとって帰国。そのうちの片割が、私が昨日シューズとハーネスを買った登山用具屋のおやじであった。ちなみにもう一人はフランスに住み着いて帰ってこないのだそうだ。
フランスもなかなか味な援助プロジェクトをやるものである。日本はといえば、結局はこちらの政治家の懐に入って消えてしまうODAを飽きることなく繰り返してきたばかりである。
しかし、経済が破綻したこのボリビアで、何十ドル、何百ドルもするクライミングギアを購入でき、週末に車でゲレンデに乗り付けることができる層はほんの一握りの上層部の子女か、外国人に限られる。クライミングはここでは高級な遊びである。日本を含む外国人ツーリスト・トレッカー・クライマーをこのクライミングフィールドに呼び込むべくかれらは躍起になっている。
さて、われわれは10分ほど離れた岩にとりつく。
シューズとハーネス以外、ロープや確保器やヌンチャクなどすべてMarioに依っている。
右手のグリップ力は左の半分。右足だけで立つのはまだ恐い。もちろんトップでは登れない。
もっとも簡単なところはなんとか登れたが、微妙で面白いよといわれた6aのフェイスは最後には右足で立てなくてかつ右手がいうことを利かなくなりフォール。もっと簡単なオーバーぎみなところも右手で引っ張れなくてよじ登れずフォール。上部では右足に痙攀がくる。
手足が擦り傷だらけになってさんざんな結果だったが、しかし岩場に取り付けただけでも喜ばねば。
昨年の8月のティートンでは最後にサドルに上がる(フィックスされている)ほんの簡単なピッチですら恐くて登れなくてロープを結んでもらった。室内でだって右足だけでは立てないのでとても恐いのである。秋のアコンカグアにはクライミングするところなどなかったが、ちょっとした岩の上り下りにさえ実は細心の注意を払わねばいけなかったのだ。
Marioは辛抱強くつきあってくれた。リハビリのトレーナー役をやってもらったことになる。本当にありがとう。
|