クロガネの頭中尾根〜足拍子岳〜足拍子岳南尾根


●2001年2月2日〜3日
●椛島(東京志岳会)、角幡(早稲田大学探検部OB)、木下・橋原(日本山岳会青年部)


「おいおい、こんなのきいてねーよー」
 ここは、上越のイモ山、足拍子はクロガネの頭中尾根。正面には全く記憶にない 15mくらいの壁。いちお、1年くらい前に榎並の記録だけは読んだのだが・・・。すかさず、じゃんけんでリードを決める。勝ったのは、上越童貞の橋原。何にも知らない3人は、「右からいけるんじゃねーか?ちょっと行ってみてよ」と、橋原を惑わす言葉をさんざん吐く。自分がリードしてないと、なぜか?口は軽くなるもので、「もう1時間になるけど、実は流されてたりして」「なんだか寒くなってきたな」「待ってると寝ちゃいそうだ」と、勝手なことをのたもうている。
 その日は、そこからちょっと上の岩場の基部の快適な場所を整地してテントを張った。カバやんのザックからやたら重たいテントが出てくる。
 「そんなにでかいテントもってきてんだったら、一体お前のザック、他に何が入って んの?」
 「だから食い物とテント以外、何も持って来てないんだって」
 そういいつつも、彼は自分の行動食は食べず、角幡が持って来た干し芋にことあるごとに手を出している。
「明日に備えて、トレースつけます?」
「面倒だから、明日頑張ればなんとかなるでしょ?」
『さっきまでトレースつけでもすっか?』と自ら言っていたはずなのに、我ながらどうしようもないやつだ。端麗生に口をつけ、気がついたら、テントの中でゴロゴロしていた。

越後好きな人のバイブル「わらじの仲間」の会報にこんな一言がある・・・「ホテル クロガネ」。
ホテルクロガネって一体なんだ??これは、今回行った尾根の中程に有る非常に快適なテン場をいうらしい。なんでも、 10年くらい前にヒマラヤで亡くなった秀峰登高会・東京志岳会の高橋・小笹パーティーが足拍子に出かけた時に名付けた(んだっけ?)らしい。とってもすばらしいテントサイトのようで(たしか2人の遺稿集「光芒のとき」に出ている)、これは亡くなった榎並からも聞いていた。
 気になりはじめてからだいたい1年。ここ2年ぐらい、後ろを振り返ることなく、突っ走って来た感じもあったが、さすがにモチベーションが減退し、それと共に胴回りはどんどん大きくなる。法政の武川からは、「大きくなりましたねぇ」とおなかをなでられる始末。春から山に行くつもりなら、さすがに、そろそろ体だけは動かさないといけない。

2月2日
 上野から越後中里まで鈍行で行き、大源太山の登山口でもある旭原手前でタクシーを降り、ひたすら林道ラッセル。実は、前日寝たら高崎線の始発に乗れないだろうと言う話になって、寝ていなかった。電車の中で寝ようと言う話だったが、結局、話が盛り上がってしまい、一睡も出来なかった。ましてやラッセル。徹夜あけの体にこれだけ堪えるものはない。
 ラッセルしているのに、あくびが出る。おわっとる。3時間ほどラッセルすると、夏の林道終点。
 なだれが恐いと言う理由で、フトゴキ沢を詰めずに、クロガネの頭東尾根を途中まで登ってから沢筋に降りるが、実は非常に無駄なアルバイトだった(中尾根取付は、フトゴキ沢の奥にある)。
 尾根に取り付いてからは、結構急な斜面のラッセル。カモシカちゃんがもっと急な斜面をラッセルしているのが見える。悲しいことに、やつの方がらっせるは早いようだ。
 1時間程登ると、正面に壁が現れた。
「右からいけるんじゃねーか?」という話になるが、何も考えていない戯れ言に耳を貸しつつも、結局、尾根の左をトラバース気味にロープを延ばしていった(実は最後の最後で真面目に「予習」していたのは、橋原ただ1人だけと判明)。さらに1ピッチロープを延ばして、ちょっと降りたコルから50mほど登った岩壁の基部にテントを張る。
なぜか?酒があまりないと騒いでいたわりには、みんな全部消化しないうちに沈していた。なお、「ホテルクロガネ」はかなり快適。風も当たらないすばらしい場所でした。

2月3日
 それにしても暑い・・・・。2月なのに、こんな上越は初めてだ。よく見ると、カバやんは、暑かったよ−とかいいながら、裸足にシュラフをかけているだけである。服も1枚しか着ていない。脳みそまで筋肉で出来てると言われてるやつはやっぱり違う。
 のんびり朝7時に出発。翌日もそれなりに急な斜面をひたすらラッセル。P3手前の雪壁に、見事なくらい雪面が切れた跡が残っていたので、念のために、ロープを引きずっていってもらう。そこからもひたすらラッセル。東尾根が合流し、それからちょっとでクロガネの頭。
 ここからは、七ツ小屋山から続く稜線を行く。稜線を歩けば、目指す足拍子や荒沢山東面が良く見え、そこが上越のイモ山であることを除けば、なかなか素敵な景色だ。
 次のピークの下りで、1ピッチロープをだし、さらに足拍子の山頂直下で80m分、ロープをのばし、あっさりと足拍子の頂上へ(9:50)。
 南尾根は、途中までは結構急なので、ロープをつけて下降。最後は、栗の木沢を尻セードでくだって、足拍子の山頂から約2時間で土樽駅へ(11:50)。ただでさえぼろい雨具が、ますますぼろくなってしもうた。運良く12時過ぎの電車に乗ることが出来、水上で2時間ものんびり飯食ってた割には、6時前には東京に帰れた。
 非常に優秀な3台のラッセルマシンと、自称歩くナビの珍道中はやけにあっさり終わったのでした。
 帰りに風呂はいりたさに水上で降りたのだけど、何年か前に使ったことのある水上温泉の70円風呂は、3年も前になくなっていた。ざんねん。 


(記:木下)

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