戸隠/西岳P1稜


●2001年2月11日〜12日
●木下・松倉(東京岳人倶楽部)、三好(秀峰登高会)


2月10日(晴のち雪)

上楠川6:10〜熊の遊び場10:40-11:00〜無念ノ峰14:00〜蟻の門渡り15:15〜その1P上18:20

なんだかんだで東京発が遅くなり、戸隠に着いたのは2:30になってしまう。いつものように運転手以外は寝てしまい、助手席のおねーさんは口を半開きで寝ている。ちょうど指が入るか入らないかでなんか見ていて面白い。ほんとは眠いので、話相手をしてくれると助かるのだが。まぁ、みっちょんだから許そう。横川のSAから2時間は実に孤独な旅であった。

朝も5時起きで、途中からずっと運転していた身には非常につらい。

暗いうちからあるきはじめる。いきなりトレースがなくなる。

天気はド快晴。こんなんでいいのだろうか?後ろから追いつかれると悲しいので、ラッセルマシンのまっちゃんに頑張ってもらう。雪は下部は締まっていて歩きやすかったものの、上部はかなり多かった。自分が何度か来た中で一番多いと思う。

熊の遊び場のすぐ上の雪壁は、今までで一番登りやすかった。ここは三好さんが2ピッチ登る。無念ノ峰直下のきのこは、正面突破が出来ず、右側の張り出しの少ないところを崩して登る。

無念の峰から天気が悪くなる。ここの下りはものすごい張り出しで、やっぱり降りられず、5mロープでロワーダウンして、

下からスコップで1時間弱かかって、階段をつける。コルから1Pロープを延ばしてで蟻の戸渡り。

挫折禁止ということで、ここからのとっても奮闘的なピッチを任せてもらう。

しかし、蟻の戸渡り(約50m)の真ん中へんで雪庇を踏み抜き15mダイブ。いきなり足下に亀裂が入り、大音響とともに落ちるが、ロープのおかげで止まる。ルンゼが雪崩れてった。ビビったが、どういう顔をしていいか分からず、おもわずにやけてしまう。仏沢側に落ちんでよかったーーー。ちなみに雪庇の張り出しは2m強。歩ける幅は約50cm弱というところ。ぎりぎりまで寄ったつもりだったんだが。

あまりにも怖くて、今度は途中までまたぎながら、キノコをたたき落として前進。なんとか渡ったが、この上は、張り出し2m、高さ4m位のキノコ雪。去年敗退したときより全然すごいよ。これ。

木登り&スコップでの奮闘2時間ちょっとで全部たたき落として、なんとか登りきる。乗っかっていた木が折れて、仏沢側にダイブしそうになる。とっても奮闘的なピッチ。下で待っていた2人はブロックががんがん落ちてきて、しかもずっと待ちぼうけで大変だったらしい。ここだけで2時間半かかったことになる。登りきったときは、夜6時を過ぎ、完全に真っ暗だった。

プラトーにツェルトを張るが、三好さんは睡眠不足から、飯を食う前からフネをこいでいた。まぁ御苦労さんです。

 

2月11日(晴のち雪)

TS6:40〜P1山頂8:45-50〜TS9:40-10:00〜無念ノ峰11:20〜熊の遊び場13:00〜上楠川15:50

朝イチで三好さんが、60度の雪壁をスコップ担いで前進。

登りきってからは、ラッセルマシンの松倉さんが、最後の緩斜面をひたすらラッセル。とにかく早くて追いつけない。頂上直下で雪庇の張り出しの小さいところを下から切り崩して登頂する。

帰りは、だいたい懸垂で降りるが、昨日、最後に登ったピッチは、懸垂支点が上になく、やたらおっかないクライムダウン。

無念ノ峰手前から降雪がひどくなり、白いカーテンのような感じの中を降りる。

全部ラッセルし直しだ。P1尾根には最初から最後まで誰も来なかった。

 

予想外に早く終わったので、中社のそばにある蕎麦屋で、完登ソバを食して、そのまま三好家に転がり込むが、渋滞に巻き込まれ、横浜の三好邸に着いたのは午前2時でした。帰りも花園SAまで誰も運転を替わると言ってくれなくて、悲しい・・・。


(記:木下)

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