>>きりぎりす

▲きりぎりす >>きりぎりすTOP
1号
2号
3号
4号
5号
6号
7号
8号
9号
10号


秋田駒ヶ岳魔の彷徨−ウィルスの棲む小屋

川畑亜野(関西学院大学WV部) 

 

 関西学院大学ワンダーフォーゲル部女子11名(3年3人、2年5人、1年3人)中、生存者4名。これが私がこれを載せる事になった理由。この山行で学んだ事。山では何が起きるかわからない。

 3月22日我々は秋田駒ヶ岳山域での合宿を開始した。あの時の私は無事終了出来ることを信じていた。スキー場リフト終点から八合目小屋まで車道に沿ってシール歩行する。ミラーや赤布をたくさん見かけ、トレースもはっきり残っているが、まだ雪が凍っているため、固まったトレースが歩行の妨げとなる。しかし小屋までは緩い登りなのであっさり到着する。晴れ渡る空。BCにふさわしい広く快適な小屋。白と青の調和が美しい光景。滑降したら気持ち良さそうな斜面。そのような中小屋から主峰男女岳へと向かった。ラッセルは全くなく、程良く溶けた雪が歩きやすい。視界があれば問題ないが、地図から想像していたよりも周辺の地形は複雑である。入れそうにもなくちまっとした阿弥陀池小屋に到着すると、ここに板をデポしアイゼンに履き替える。ここからは斜度がきつくなる。雪が一歩ごとにアイゼンにへばりつくので途中アイゼンも脱ぎ、つぼ足になる。雪が溶け始めたため足がズボズボはまり、さらに雪の下の松らしき木が邪魔をする。しかしそれ程の苦労もなく登り切った。ピークでは風が強かったが、龍になった辰子が住むという田沢湖が見え、360度パノラマが広がり、キャッキャ言いながらついでに辰子を散々バカにして写真を取り合った。滑降は阿弥陀池小屋から谷筋を滑り、途中尾根に合流してあっという間にBCに到着した。とても楽しい滑降であった。しかし今になって思うに、あのピークでの会話、辰子は聞いていたのだろう。

 23日、再び男女岳方面へと向かい、途中横岳方面へと方角を変える。横岳から南東に大焼砂方面へと滑降する予定であった。BCが上にあるため登り返す事になるのだが、かなりの滑降が可能だと思われる。下には国見温泉があるので日帰りに適しているかもしれない。晴れており、視界良好だが、小屋付近からも稜線が雪煙を上げているのが見える。地面には風雪紋が描かれ、ラッセルはあるはずもない。普段から風の強い山域だと聞いていたが、この日は特にひどかった。阿弥陀池小屋が見えて横岳稜線が近づくにつれ、今までに体験したことのない強風にさらされ出した。ガリガリいう雪の上をシール歩行するので少々滑る。しかしこんな強風の中板を歩荷しアイゼンをはく方が我々には困難であったので、そのまま進む。寒い。めちゃくちゃ寒い。震え発熱フルパワー可動だが間に合わない。人の事に構うのも、振り向く事すら面倒である。こんな時こそ1年生をサポートしなければという気持ちもチラっと湧いたが、心の狭い私は寒いというだけでキレそうなのだ。誰かストックでも飛ばそうものならグーで殴ってしまいそうだった。南東へ滑降していっても風はおさまりそうもないので、横岳周辺にて一本後引き返す。晴れている。遙か遠くまで山々が見渡せる。それなのにここは簡単に死ねる場所だ。風にビュービュー吹かれながらなんだか不思議な気持ちだった。

 24日、再度大焼砂方面への滑降を予定していたが、朝から雪がちらつき、視界が確保できない為停滞。8時過ぎになると視界は急速に回復し、晴れ間が広がる。悔しい。もう少し早く天候が回復していれば、快適な滑降が約束されていただろう。仕方ないので小屋にて好き勝手な事をして過ごす。午前中はトーク隊と睡眠隊に別れていたが、睡眠隊の2年生1号がテントから飛び出して来る。ものすごく辛そうだ。発熱、頭痛、食欲不振を訴える。睡眠班のため誰も起きてくれなかったらしい。とりあえずおとなしく寝てもらう。午後からは滑降しに行く者、雪と戯れる者、泥のように眠り続ける者等、さらに好き勝手して過ごした。この小屋はすごくきれいで快適で、空気の循環が悪い。喉がイガイガするし、食当中は温度が急激に上がりテント内はサウナと化する。さぞかし菌も蔓延したことであろう。

  25日、晴れ。乳頭スキー場へと下る予定である。しかし昨日の2年生がさらに悪化しており、もはや動ける状態ではない。薬を与えたが回復する様子はなく、先に下山させる事にする。付き添い含め、3人でスタート地点の高原スキー場へ下る。残りのメンバーは予定通りの行程をこなす。私自身下山隊だったのでその行程の詳細は後の報告でしかわからない。下山ルートはバーンと化しているうえ、トレースがまたも固く凍りついている。明らかにトレースの数が増えていてものすごく邪魔だ。とにかくこけないように必死だ。太股がパンパンだが、病人がちゃんとついてきている以上、自分がしんどいなんてまさか言えるはずがない。この際滑りが格好悪かろうがどうでもよい。とにかく早く下りるのだ。私の使命はそれだけだ。スキー場着後そのまま病院へ直行する。彼女は脱水症状が激しく点滴を受ける事になる。点滴後の彼女は驚くべき回復を見せた。が合宿続行できる程ではなくそのまま帰宅させる。電車に乗る前の彼女の言葉。

「残りの人に頑張ってと伝えて下さい。」

頑張りますよ。あなたの分まで。そんな気持ちで見送った後、BC移動地にてメンバーと合流する。

 通常通りの行動隊については、笹森山への登りはやはりバーンとなっており、登りだしの急斜面部分に多少苦労したようだ。笹森山からの滑降は、予想よりも細かい沢が入り組んで、登り返しを何度も強いられたとのこと。

 BC設置後くらいから雪が降り出す。雲行きが怪しい。それと共に我々の雲行きも怪しくなってくる。残りの2年生3名と1年生1名が突然体調不良を訴え始めたのだ。面白いように38度を越える高熱者が続出する。体温計は壊れてはいない。あり得ない。こんな事はあるはずがない。ここでハっとする。辰子だ。

辰子は美しい娘だったが、もっと美しくなりたくて毎日お祈りしていた。するとある日お告げがあったのだ。「北の方にある泉の水を飲めば願いが叶う」と。彼女は探し歩き、ようやく見つけた時には疲れて喉がカラカラになっていたので、その水をガブガブ飲んだ。ものすごい喉の渇きようだったので、女であることも忘れて腹這いになって飲み続けた。すると突然空が暗くなって嵐となり、その泉は湖と化した。そして美しかった辰子は見にくい龍へと姿を変えてしまったのだ。                    (後省略)

もちろんこの湖が田沢湖だ。そして辰子はここに住んでいるのだ。このような話なのだが、彼女が龍になった理由は何だろうか。この話を読む限りでは腹這いになった事である。そ、そんな理由で龍に?その後の展開にもつっこみたい箇所が多数あるのだ。それを散々面白がった為に彼女の怒りにふれたのだ。そうでなくてこんな事があるはずない。11人中5人が病人である。祟りでなければ感染病だ。この日の行動は割とハードだったようで、疲労もしていたのだろう。とりあえず翌日の様子を見ることにして就寝。

7:07BC発(1:00)笹森山(4:10)乳頭スキー場ゲレンデトップ(0:15)国民休暇村幕営地 14:30着

 

 26日。38度、9度出している者に囲まれて寝て回復するはずがない。悪化するのが当然の結果である。そして我々も例外なく当然の結果を辿った。朝から雨、視界不良で停滞となる。さらに病人は一人増え、これで2年生は壊滅だ。昨日の病院に6人まとめて連れていく。一人は昨日の2年生1号のようにフラフラだ。さぞかし診察室は異臭を放った事であろうと思うと医師の勇気には敬意を表さねばならない。1年生はインフルエンザであった。その他は気管支炎などだったが、このままではインフルエンザにかかっていただろうとの事。その後は昨日と同じ展開をとる。全員そのまま帰宅。2度目の私は慣れたものだ。バスの料金も覚えた。田沢湖駅にも愛着が湧き始めている。昨日の彼女の言葉が蘇る。それでも残りの者で頑張りますよ。あなたたちの分まで!付き添い2名は再びバスにてBCへ戻る。これで残り5名となる。

 

 27日。本日も視界がなく、雪。7時になっても回復せず、停滞。そして1年生1名発熱開始。こんな所で回復するはずがないのは、嫌と言う程よくわかっていた。彼女にもインフルエンザが接近中なのだ。恐らく我々にも。そして誰もいなくなる前に合宿を終了させる事を決定する。1年生2名を一緒に帰宅させ、残った3年生で後片づけをする。11人全員の荷物の処理はものすごい労力であった。もう半泣きだった。私は花粉症なのだ。放っておいても垂れてくる鼻を思う存分かみたいだけなのに、運んでも運んでも荷物は山盛りだ。めちゃくちゃイライラしていたので、私の態度はものすごく悪かった事であろう。今思うと後の2人にちょっと申し訳ない。でも花粉症はすごい苦痛なのだ。直らない事がわかっている風邪のようなものだということを理解してもらいたい。休暇村に宿泊している人が我々の行動を窓から見ている。思いっきり凝視だ。でもこんな変な団体がいたら私も間違いなく見るので、あまり非難はできない。どうにか送る手配をすませ、ようやく一息つくことが出来た。

 そういうわけで、生存者4名なのである。ちなみに合宿が終了してからさらに2名ダウンした。その2名のうち一人が私である。一刻も早く帰りたくて空港へ向かったが、空港で最高潮に体調不良になり、スカイメイトのため飛行機に乗れず、駅へ戻るバスを椅子で待つことが出来ずに係員に助けを求めてしまいました。さらにスカイメイトに登録するために必要な写真がなくて、学生証まで切り抜いたのに全く無駄手間だった。簡単に総括させていただくならば、間違いなく失敗である。失敗というか、それ以前の問題だ。もとから体調のすぐれない者もいたし、小屋での生活で菌がまき散らされたのだと思う。疲労して抵抗力が落ちたところへその菌が入り込んだのだろう。東北まで来て非常に残念な結果となってしまったが、エスケープルートが近かった事が不幸中の幸いであった。このようなあり得ない経験が身をもって出来たことは、ある意味幸運だと思うことにする。

1/1

▲連載・特集 >>TOP
長岡正敏の「あの人に会いたいっ!」
雑誌を読む
ゴルジュ突破やろうぜ
マイナーピークハンターズ
ボリビア通信2001
盆と暮れと週末2日にかける青春
今そこにある危機(衝撃のヒヤリハット)
屋久島への招待
カザフスタンの山を巡って
YCM Square >>TOP
My Favorite Route
メシフロ情報
Yamaa! JAPAN (学生山岳団体リンク集)
道具愛!
山のマンガ
山の映画
山の小説
フリーマーケット

日本山岳会青年部「きりぎりす」

熱い記録の数々と商業誌ではできないような連載で巷で人気の山岳同人誌。まずは手にとって読んでみてください。
ICI新宿西口店・カモシカスポーツ高田馬場店でも好評発売中。
10号まで発行! みんな読んでね。

 


 

本サイトを閲覧される方は、必ずこちらをご覧下さい。
本サイトを正しく見るには、Internet Explorer,Netscape Navigatorのバージョン4.0以降が必要です。


Copyright(C)2002-2003 . JAC Youth Section All Rights Reserved.
Webmaster: webmaster@ycm.6ch.bz
Powered by 6ch.