とこれまで山野井さんが行ってきた数々の登攀を言葉巧みに振り返って下さり、休憩を挟んで今夏のK2の報告に移りました。
今回隊長を寺沢さんに頼みました。他のメンバーは普段から精力的にトレーニングを行ってまして出発前に死んでしまう可能性があり、隊長を後で代えるのは大変なんですね、だから出発前に絶対死ななそうな寺沢さんにお願いしました(笑)。僕にとっては久し振りのビッグエクスペディションでした。バルトロのキャラバンは暑いですし、長いですし、埃っぽいし、あんまり快適ではないですね、ただトランゴタワーとかマッシャブルム、ガッシャブルム「峰なんかが見えるので飽きないです。
今回のパートナーはポーランドのボイティク・クルティカさんです。彼とは登攀の考え方がほとんど一緒なんで何も問題はなかったですね。ベースキャンプに入ってからは毎日雨や雪でほとんど動けませんでした。暇に任せて腹筋したり腕立て伏せしてました。わずかな晴れ間を狙って我々は何度か東壁に挑戦しました。東壁までにはクレバスがたくさんあり、雪崩の危険もあってあまりいいところではありません。東壁自体は誰も登ってませんし、ここは比較的理にかなったいいルートだと思います。我々は悪天候の中計3回挑戦しました。しかし雪崩の危険もあり結局6,000m位までしか行けませんでした。
それで私は1人で南南東リブに挑戦しましたがそれほど緊張しませんでした。6月28日昼の12:30に南南東リブに取り付きました。平均斜度45度くらいですかね、高度を稼ぎやすく、適度に岩も出てきて登っていて楽しいルートでした。装備は小さなテント1つと700gのシュラフ1つ、EPIガスにチタンヘッド1つとチタンのクッカー1つに代え手袋で全部で5〜6kgですかね。7,300mくらいからショルダーまで雪が深くなり1人でラッセルするのはつらいです。ウエアーは一番下は化繊の下着にフリース上下、それにダウンのスーツですね、初めてヒマラヤでオーバーシューズを使いましたが暖かかったですね、ヘルメットは7,500m位まで使ってあとは置いていきました。アイゼンも溝渕さんのチタンのアイゼンとグリベルのものをミックスさせて自分で作ったものを持っていきました。
ベースを発って28時間後にショルダーに着きました、食欲もなく結構疲れてましたが特に寝ることも考えてませんでした。そして夜12:00ころ出発しました。ボトルネックですかね唯一の難所ですね、このへんはラッセルで苦しいです。深い雪だと思うとものすごく固い氷が出てきたり、それとセラックの下を通過すると心拍数が上がるんですね、マナスル以降(笑)。あと過呼吸ですかね多少手足がしびれました。途中でアブルッツィ稜から私のトレースを追ってやってきた韓国人と一緒になりました。酸素を吸ってるからやはり早いんですね。最終的に8,500mくらいからラッセルを交代しながら登りつづけました。ベースキャンプを出発して48時間後頂上に立つことができました。この5〜6時間前から手袋を外して素手でラッセルしてました。頂上には長居はしてはいけないなと思っていました。それに僕は昔から頂上では喜ばないようにしてます。喜ぶとやっぱり下山中気が抜けるというか失敗するような気がするので。しかしこの時結構ボケてたんですね。自分では頂上に5分くらいしかいなかったつもりなんですが、ベースキャンプの人が言うのには30〜40分いたらしいです。下から「韓国人も一緒なのか?」という無線を入れていたらしいのですが、僕は「今日はいい天気ですね〜」と答えていたらしいです(笑)。けっこうきちゃってるのかもしれませんね。
結局その日の午後にショルダーに降りて翌日吹雪の中下山しました。半分以上は尻セードで降りてきました。新品のダウンのスーツがもったいなかったんですけど疲れていましたし。
ベース降りてきて3日間はほとんど何も食べれませんでした。それに寝付けませんでした。興奮状態にあったんでしょうね、寝たり起きたりずっと寝袋に入ってました。
帰ってきてからみんな良かったねって言うんですけど、僕はやっぱりどこかで満足できていません。東壁は登れませんでしたし。それでもK2は昔から憧れの山でして、たとえ一般ルートからでも登りたかったところですので頂上にいけたことはラッキーだったと思っています。
え〜格好良く終ったかのようですが実際は高山病ですかね、下山中ボトルネックでスリップしまして10mくらい滑落しまして、あと2〜3m落ちていたら南壁をダイブするところでした。やっぱり高所登山は危ないですね(笑)。
(編:天野和明)