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去る9月21日に市ヶ谷の日本山岳会ルームにおいて、日本山岳会青年部主催山野井泰史講演会」が行われました。高齢化を迎える日本山岳会においてこれだけ若い人が集まることはそうそうないというくらい現役学生を含めて若い世代を中心にお年を召した方まで50名を超えるギャラリーが詰めかけ、会場は所狭しといった状態でした。
初めに司会である青年部代表の法政大学山岳部OB松原より「今更私が改めて紹介するまでもないと思いますが、日本アルパインクライミング界のエースとしてこれまで余人の追随を許さない数々の素晴らしい登山実績を積み重ねてきた方です。世界第2の高峰K2の南南東リブ、これは私達日本山岳会青年部が96年に登ったルートでありますが、今年の夏にここを無酸素ソロアルパインスタイルで登ってきた話を本日は中心にしていただきたいと思います。彼の素晴らしさというか凄さは高所登山だけにとどまらず、フリー、ビッグウォール、冬壁など幅広いジャンルでレベルの高い登山を実践している所にあります」と挨拶のあと山野井さんの簡単な紹介がありました。
「まず最初に御礼を言っておかなくてはならないのですが、今回日本山岳会のほうから私達のチームに寄付を頂きありがとうございました。非常に貧乏なチームなのでとても助かりました。」と日本山岳会の海外登山援助資金に対するお礼がありました。
「これまでいろんな所に行っていてヨーロッパやアンデスなどにも行っているのですが、ヒマラヤ登山を始めて10年くらいになり今まで14回ピークを目指してます。成功した山は7つか8つ位なのですが、計画段階で成功率5割くらいの山を目指していくのでこんなもんでしょう」
その後これまで行った海外の山のスライドを交えて、まず初めに失敗した登山について話があり、成功した登山に移っていきました。「失敗といっても得るものが大きい時もある」と話してくれた言葉が印象的でした。
「1991年にバルトロキャシードラル南壁(5,800m)に3人で行った話。3人とも高度に対する知識がほとんどありませんでしたが、標高も低いし何とかなるだろうと言って出発したらまず取り付かずして1人が高度にやられて、壁の途中5日目位にもう一人がやられました。この登山で得た教訓は標高の低い所でもしっかり高度順化していかないとピークには立てないということでした。こうしたビッグウォールクライミングでは踏ん張るような、一瞬無酸素の状態になることが多くそれが順化を不利にさせています」
次に92年の暮れにネパールのメラピーク西壁というところに、今度は1人で挑戦しました。標高差は1,500mくらいです。今度は高所に対する知識も豊富になっていましたので、初めに優しいピークで高度順化をしっかりしてから取り付きました。登攀開始して5日目、頂上まであと200mのところでクラックが無くなってしまいまして、ボルトを連打してまで登りたくなかったんで敗退しました。この当時は技術とか体力には自信がありましたが、まだ岩を見る目がなかったんだと思います。
93年カラコルムのガッシャブルム「峰東壁へ行きました。長年憧れていた山で長く温めていたプランでもありました。」級が連続する岩壁でした。登攀開始後3日目残り900mまで来た所で頂上までは行けるだろう、しかし果たして頂上まで行って無事に降りてくることができるのだろうかと真剣に考えた時に、ちょうど悪天候もやってきまして即下山しました。このとき考えたのは壁は難しくても優しい下山路がないと突っ込めないなと思いました。
これは96年に行った比較的有名なマカルー西壁です。なぜ難しいかというと7,800m〜8,400mまでオーバ―ハングした岩壁がありまして、そこは一ノ倉の衝立岩くらいかぶっているのですが世界中のクライマーの挑戦を何度も退けています。ロシアチームが随分逃げて一回登っていますが、岩壁自体は未踏です。
ここをフリーソロで登るテクニックは私にはなく、たくさんのギアを持って18〜20kgくらいの荷物を持っていきました。僕は体が小さくヒマラヤでは10kg位まで荷物を抑えないとスピードが維持できません。だからこの重さではとてもゆっくりになってしまい、落石に当たりました。
このときはテレビクルーが同行しました。援助はいっさい受けていないのですがやはり集中が得られませんでした。みんな口には出さないのですが無言のプレッシャ−を感じました。それ以降もこのような話はいくつかあったのですが本当に難しい所に行く場合は、余計な人は連れて行きたくないなと思ってます。
この壁を誰かがいつかは登るでしょうね。それが登山の発展というものではないでしょうか。私がそれに加われるかどうかは微妙ですかね。(笑)
98年にはマナスル北西壁というところに行きました。この時は奥さんと一緒でした。計画段階では写真1枚しか資料がなく、現地に行ってみたらセラックがたくさん乗っかっていて、そこでもう本当は辞めるべきだったのかもしれないですが、私の場合モチベーションがなかなか落ちなく、さらにこの氷壁は未踏であり登ったらすごいなということと、夫婦2人で300万円位この遠征に使っていたため半分くらいは登んなきゃなと思って取り付きました。そしたら案の定夜中に雪崩がきまして、2人とも300m位飛ばされて私は生き埋めになり、息苦しかったですね(笑)。
一番失敗としては悪い例です。昔の資料よりもとても困難なものでした」
「これまで敗退した記録を見てもらいましたが、僕の中では敗退する事もたまにはいいかなと思ってます。敗退しなきゃ得られないものもたくさんあると思ってます」
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